徳島・吉野川の流域で育てられた藍玉(蒅)は、船で大阪へ運ばれました。大阪の商人がそれを買い付け、日本中に送り出しました。後にジャパンブルーと呼ばれることになる藍は、阿波の国が生み、大阪が世界へ運んだ宝物です。

藍は生きています。藍の葉を発酵させた蒅を灰汁と合わせ、甕(かめ)の中で育てる。職人は毎朝その機嫌をうかがい、温度を測り、話しかけるようにして色を保ちます。同じ甕(かめ)から、同じ色は二度と出ません。染めるというより、育てるという言葉の方が近いのです。



私どもの作務衣は、量産はできません。濃さも風合いも、一枚ごとに違います。袖を通したとき、その一枚が今日のご家族のためだけにご用意したものだということに、気づいていただけるはずです。

暖簾をくぐり、藍の作務衣に袖を通していただくのは、非日常に入り込んでいただくためです。
製作写真提供 :野川染織工業株式会社
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